第7話「少年の誓い」

 

 辺りを包み込んでいた強烈な閃光がやみ、真っ白だった視界が次第に色を取り戻していく。そして、色を取り戻したレオナの視界には、信じがたい光景が広がっていた。

「あ……」

 すぐ目の前、手を伸ばせば届くような場所で、タライムは真紅の騎士の手にする剣に貫かれていた。両腕と首がだらりと下がり、わずかに浮き上がった両足はぴくりとも動かない。真紅の騎士が剣を引き抜くと、タライムの身体は重力に任せて地面にどさりと落ちた。じわじわと広がるタライムの血が、地面を朱に染めていく。

「タライム……さん?」

 レオナが恐る恐る呼びかける。だが、いつものような弾んだ声が返ってくることはなかった。

「嫌……嫌ぁぁぁぁぁ!!」

 レオナは地面に倒れたタライムのすぐ傍にしゃがみこむと、その身体をゆすった。

「嫌! 死んじゃ嫌ですタライムさん! 死……!」

 その時、不意にレオナの身体が浮き上がった。同時に、喉に強烈な圧迫感が襲う。真紅の騎士に首を掴まれたのだとわかるのに、少しの時間を要した。

「ギャーギャーうるさい女だ。そんなに嫌なら、すぐに後を追わせてやる」

 そう言って、真紅の騎士が剣を構える。

「あ……う……」

 すぐ目の前に、タライムの仇がいる。レオナの頭は自分の身体のことより、その憎しみだけで一杯だった。すぐ目の前にある兜に覆われた顔に、一発撃ち込んでやりたい。だが、呼吸を止められ、身体に酸素の行き渡らない状態では、意識を保つのでさえ困難だった。

「さらばだ。せいぜい向こうで仲良くしろ」

 もう抵抗する力すら残っていない。レオナはゆっくりと目を閉じた。

(タライムさん、ごめんなさい……)

 だが、その瞬間、不意に浮き上がっていたレオナの身体が地面に落下した。同時に、塞がっていた喉が開放される。レオナは咳き込みながらも酸素を身体に取り込んだ。

「あれ……は……」

 レオナのすぐ前にいるのは、先程までいた真紅の騎士ではなく、黒い二刀流のエレメンタルであった。

「ダン……君……」

 人の気配を感じたレオナが背後を振り返ると、そこにはダンの姿があった。

「黒いエレメンタル……? 貴様、名前は?」

「ダン」

「ダン……リストにはない名前だ」

 そう言うと、真紅の騎士は手にしていた剣を鞘におさめた。

「まぁいい。目的は果たした。ここで貴様とやり合って無駄な時間を費やすこともあるまい」

 真紅の騎士が懐からポータルカードを取り出す。そして、カードが光りを放つと同時に、真紅の騎士の姿も光に包まれて消えていった。

 それを確認すると、ダンは素早く召還呪文を唱え、白いエレメンタルを召還した。

「ハク、こいつを治せ。こいつには聞かなければならない事がある」

 ダンが倒れているタライムを指差しながら言う。

「無理ですわ! この出血ではもう助かりません!」

 タライムの傍までよったハクがすぐに答えた。

「アレを使う」

 だが、ダンはその答えを予測していたかのようにすぐに言葉を返した。

「……アレを使ったとしても……」

「なんとかしろ」

 ダンが強い口調でそう告げる。ハクはその言葉に一つ頷いた。

「わかりました。全力を尽くしますわ」

 ハクの返答に一つ頷き返すと、ダンはその背中にそっと手をかざした。

「アレって……?」

「黙って見ていろ」                                      

 ダンはそう言うと、目を閉じて意識を集中させた。

「光の王女よ、今、その無垢なる光を解き放ち、我と盟約を交わしたまえ」

 かざしたダンの手から、ハクの背中に一筋の光がつながる。すると、ハクの身体が次第に巨大化し、人の形を模していく。背中から二枚の翼が生え、その翼がタライムの身体を包み込んだ。

「…………」

 目の前で起こった光景に、レオナは息を呑んだ。白や黒のエレメンタルでさえ珍しいのに、そのうえ形態を変化させたのだ。一体、この少年は何者なのだろうか。

「ダン!」

 その時、タライムを治療するダンのもとにユリがやって来た。

「ダン! お父さんとお母さんを助けて! ハクなら治せるんでしょ!?」

 ユリが今にもダンを引きずろうかという勢いで袖を握る。だが、ダンはユリの手首を掴むと首を横に振った。

「ダメだ。こいつには聞かなければいけないことがある。今、治療しなければ間違いなく死ぬ」

「そんなの、お父さん達だって……!」

「もう手遅れだ」

 静かに、だがハッキリと、ダンは告げた。

「死人は生き返らない」

 その言葉に、ユリの目が大きく見開かれる。ダンはユリからタライムに視線を戻すと、再び治療に意識を集中させた。

「……そうだよね」

 ユリはダンの袖から手を放すと、うつむきながら静かに言った。

「ダンは拾われた子だもんね。お父さん達とは所詮赤の他人。私とだって……」

「ユリ……」

「いいの。家族だと思ってた私がバカだった。所詮、血の繋がらない他人だし、そんなもんだよね……」

「ユリ、俺は……」

 ダンがユリに言葉をかけようとしたその瞬間、ユリの右手がダンの頬を打った。ぱん、と乾いた音が辺りに響き渡る。

「あんたなんか死んじゃえ!」

 ユリはそう言い残すと、森の方へと走り去っていった。

「……ダン君……」

「……気にするな。それより、ユリの後を追ってくれ。大丈夫だとは思うが、この辺りにまだ敵が残っている可能性もある」

「え? でも……」

「あんたがここにいても結果は何も変わらない。ハクでもダメなら、こいつも死ぬ。それだけだ」

「……わかった」

 ダンがここから離れられない以上、その役目を果たせるのは自分しかいない。

「タライムさん……負けないで」

 レオナはタライムに向かってそう言うと、ユリの後を追って走り出した。

 

 

「……そうか。わかった、すぐにコルムに戻ってきてくれ。最高の医者を用意しておこう。……ああ、捜索は中止、今は治療が第一だ。すまない、レオナ。こんなことになってしまって……ああ、わかった。それじゃあ、気をつけてな」

 記録石からレオナの顔が消え、光が失われる。ティアはゆっくりと椅子から立ち上がると、部屋の鍵を閉めた。

 タライムは正体不明の騎士と交戦し、負傷。意識不明の重態で、地元の医者によれば助かる可能性は良くて五分五分とのことだった。レオナの得た情報によれば、敵はこれまた詳細不明のリストを持っており、そこに載っている人間を抹殺しようとしている。そして、レバンもそのリストに含まれていた。

 タライムが手も足も出なかったという正体不明の騎士。その騎士がはっきりこう言っていたという。レバンを“始末した”と。

「う……うぅ……ふっ……あ…あぁ……」

 一年間、耐え続けてきた不安と恐怖。その全てが、絶望という色に塗り替えられた。主を失った管理局長室で、ティアは一人扉にもたれかかって、涙を流した。

 

 

 アルマンシア大陸襲撃の翌日、レオナはコルム大陸に帰るため、港で船を待っていた。タライムは船が着くギリギリまで病院に残しておき、治療を続ける予定だ。意識は依然戻らず、助かるかはわからないとのことだった。

「ところで、ダン君はどうする?」

 レオナが隣にいたダンに尋ねる。

「俺もコルムに行く。色々と聞きたい事もあるからな」

 ダンは迷いなくそう答えると、ユリの傍まで行ってその手をとった。

「ユリ、お前も来い」

「……嫌。私はここに残る」

 だが、ユリはダンの言葉に首を振った。

「来るんだ。ここにいても誰も帰ってきはしない」

「私はここで生まれ、ここで育ったの! ダンにはわからないだろうけど、ここを捨てることなんて出来ない! コルムにでもどこでも勝手に行けばいいじゃない! 他人の私のことなんて放っておけば……!」

 その時、ユリが全てを言い終える前に、ダンはぐっとユリを抱き寄せた。驚いたユリが思わず言葉を止める。

「ユリ……確かに、俺には故郷も家族もない。だから、お前の気持ちもわからない。俺はお前の家族だなんていうつもりもない。けど、村の人達も、父さん達も、ユリも、俺にとって、ただの他人じゃない。それをなんて言うのかわからないけど、俺は、皆とても大切に思っていた。それだけは、嘘じゃない。だから、父さん達との約束は必ず守る」

「ダ……ン……?」

「ユリ、お前は俺が守る。父さん達と約束したんだ。何があっても、必ず守ってみせる」

 血の繋がりというものは、それほど簡単には埋まらない。血の繋がらないダンは、一生ユリ達と家族になることは出来ないだろうと思っていた。だが、それでも、ユリとその両親と過ごした時間は、ダンにとって初めて知った“家族の温もり”だった。

 その温もりを一瞬で奪い取ったあの真紅の騎士を、決して許さない。そして、その温もりを教えてくれた彼らとの約束を果たすことを、ダンは自分の胸と、彼らの残していった最も大切な人に誓った。

 

第7話 終